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大阪高等裁判所 昭和63年(ネ)118号 判決

控訴人

陳泰源

右訴訟代理人弁護士

林弘

中野健

松岡隆雄

被控訴人

高松博太郎

被控訴人

高松光子

右両名訴訟代理人弁護士

玉生靖人

紺谷宗一

右玉生訴訟復代理人弁護士

増田正典

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人らが控訴人に賃貸している原判決添付目録記載の土地の賃料は昭和六一年一月一日以降昭和六二年六月三〇日までは一か月金五万円、昭和六二年七月一日以降は一か月金二〇万円であることを確認する。

三  控訴人は、被控訴人高松博太郎に対し金九六万円、被控訴人高松光子に対し金四八万円を各支払え。

四  被控訴人らのその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は第一、二審を通じて三分し、その一を被控訴人ら、その余を控訴人の各負担とする。

事実

第一  申立て

一  控訴人

1  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人らの請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者双方の主張及び証拠関係

次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示及び当審記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する(ただし、原判決二枚目裏一行目の「土地」の次に「(以下「本件土地」という)」を加え、同一一行目の「公祖」を「公租」と、同一二行目の「低兼」を「低廉」と、三枚目表一〇行目の「一五日」を「五日」と、四枚目表五行目の「原告」を「被控訴人ら」とそれぞれ改める)。

1  控訴人

本件賃貸借契約の賃料を決めるに当たっては、控訴人と被控訴人らの間に特別の事情があることを十分に考慮すべきであり、また賃料算定で期待利回率を年六パーセントとみるのは不当である。すなわち、控訴人は阿武正則(以下「阿武」という)から本件借地権を譲り受けたのであるが、その際、被控訴人らは右譲渡承諾料二七〇万円を受領しているほか、控訴人と被控訴人らとの間において、将来控訴人が本件土地を買い取る旨の合意が成立しているのであり、右売買の話し合いの中で、被控訴人らは控訴人に対し、本件土地の賃料につき、昭和五八年九月から昭和五九年三月までは一か月五万円に据え置き、昭和五九年四月から昭和六〇年三月までの間は一か月七万円に値上げする案と昭和六〇一二月までは一か月五万円に据え置き、昭和六一年一月から値上げする案の両案を提示している。

2  被控訴人ら

被控訴人らが受領した借地権譲渡承諾料は阿武から支払われたものであり、しかもそれは当初二〇〇万円受領したものの、後に六〇万円は返却しており、結局受領した右承諾料は一四〇万円である。

理由

一控訴人が被控訴人らから昭和五八年九月一日以降建物所有の目的で本件土地を賃借していること、右賃料は右契約当初から一か月五万円であったこと、被控訴人らから控訴人に対し、被控訴人ら主張のとおり、右賃料を昭和六一年一月一日以降一か月二五万円に値上げする旨の意思表示がなされたことは当事者間に争いがなく、また昭和六二年七月一日以降一か月三〇万円に値上げする旨の意思表示がなされたことは原審の記録により明らかである。そして、鑑定人森井徹、同河野徳行の各鑑定の結果によれば、地価の高騰等により、右増額申し入れ時点における本件土地の従前賃料額は、不相当に低廉となったことが認められる。

二そこで、右増額申し入れ時点における適正賃料額について検討する。

1  〈証拠〉によれば、本件土地は昭和五一年一二月、被控訴人両名が相続により取得したのであるが、その被相続人である敬治時代の昭和二五年ごろから阿武の亡父春一に建物所有の目的で賃貸してきたものであること、右土地上には昭和二〇年代に建築され、既に老朽化している控訴人所有にかかる地上二階・地下一階、木造スレート葺店舗兼居宅(床面積一、二階各四六・二八平方メートル、地下一六・五二平方メートル)の建物(以下「本件建物」という)があること、被控訴人らと阿武との間で昭和五五年七月、本件土地賃貸借契約の更新がされたが、その際、更新料一二〇万円、賃料一か月五万円と合意されたこと(ただし、賃料は既に昭和五三年ごろから一か月五万円となっており、右契約更新の際も据え置かれたのである)。その後、昭和五八年八月ごろ、控訴人が阿武から右建物と共に右借地権の譲渡を受けることになり、被控訴人らと交渉してその譲渡の承諾を得、また賃料についても控訴人の希望より昭和六〇年一二月末まで一か月五万円のまま据え置かれることになったこと、右交渉の過程において、本件土地の売買の話が出たが、代金額の折り合いがつかず、右時点での売買は成立しなかったものの、双方共いずれ右土地を控訴人が買い取ることに異存はないことを確認しあったこと、控訴人は譲り受けた本件建物において「桃源クラブ」の屋号で麻雀屋を営業していること、本件土地は大阪でも有数の繁華街「ミナミ」の中にあり、付近には劇場、映画館、飲食店が櫛比しており、遊興・飲食業等の営業をするには最適の立地条件を備えていること、右土地付近は一般に画地が小さいものが多く、本件土地も間口約三・九メートル、奥行き約九・八メートルの細長い土地であり、控訴人は本件土地のほか、右土地の奥(北側)にある控訴人所有土地(袋地)と本件土地の東に隣接する細長い大阪市からの借地、計四筆の土地(五六・七五平方メートル)を併せて本件建物の敷地として使用していることの各事実を認めることができる。

2  ところで、本件訴訟においては、本件土地の賃料につき甲第四号証の一(以下「黒田鑑定」という)も含めて三つの相異なる鑑定意見が出されており、右認定の事実関係のもとにおいて、このうち基本的にいずれの意見を採るべきか、以下その前提条件を検討する。土地の賃料増額問題を考える場合、まず昭和六〇年代初めごろから始まった大阪市及びその周辺地域における異常な土地の値上がり現象に着目する必要がある。この異常な地価の値上がりは、土地の立地条件の改善等土地の実質的価値の上昇がその原因というよりは、多分に一部の投機的な動きに影響されたと見られるのであって、右地価高騰のしわ寄せを実際に土地を使用収益している借地人に押しつけることの不当であることは今更いうまでもないところである。また、経済が現今、いわゆる低金利時代にあることからすると、賃料算定に当たって、期待利回率を六パーセントとするのは高率にすぎるという考えにも一理あるといわなければならない。

しかし、前記認定事実によれば、本件土地の賃料は昭和五三年ごろから一か月五万円のまま据え置かれてきているのであって、控訴人が借地権の譲渡を受けた昭和五八年九月時点においても既に右賃料は適正額に比べ低きにすぎたということができ、そのため、右賃料額を前提として新賃料額を算定する方法、例えば利回り法やスライド法を採用する場合には相応の修正が必要であること(なお、黒田鑑定、河野鑑定が、試みに採用したスライド法において使用されている指数は、標準的な住宅の家賃を基準としているものであり、本件土地のような大都会の繁華街の中にある店舗建物所有を目的とする借地の賃料にこれを使用するには難点がある)、本件土地は大阪でも有数の繁華街に所在しており、しかも控訴人は右土地を商業活動に使用して利益を上げているのであって、その適正賃料額を考えるに当たっても、居住用建物の借地の場合とは異なった視点に立ち、土地の収益率等経済的な面を重視する必要もあること等の事情も存在している。もっとも、本件土地は前記認定のとおり、大都会の繁華街にあり、商業用地としては最適の立地条件にありながら、最有効利用がされているとはいいがたいのであるが、この点については、本件建物の改築問題も絡むことであり、借地人である控訴人にのみその責任があるとすることはできない。

以上の諸事情を考え併せると、本件土地の賃料についての前記三つの鑑定意見の中では、差額部分のうち、借地人側に帰属する部分を六、地主側に帰属する部分を四とする内容の差額配分法を重視し、これに従前の賃料の利回率(収益率)年〇・八七パーセントにより算定する利回り法を加味し、前者を二、後者を一の割合で考慮して新賃料額を算定する手法を採っている前掲河野鑑定が最もよく右認定の条件を考量するに近いものであるということができる。(黒田鑑定は、控訴人については差額配分法により算出された賃料額によることとし、しかも、これについては、基礎価格の六〇パーセント、期待利回率を年六パーセントとした上で、差額分を折半する方法を採用しており、森井鑑定は、積算賃料の基礎価格を更地価格の三〇パーセント、期待利回率を年六パーセントとし、これと一般的な賃料変動指数を用いたスライド法による結果との平均値をもって適正賃料額としているのに対し、河野鑑定は、差額配分法において、基礎価格を更地価格の四〇パーセントとし、期待利回率も昭和六一年一月時点においては年五・五パーセント、昭和六二年七月時点においては年四・五パーセントと変動させている)

そして、右河野鑑定によれば、河野鑑定人は本件土地の賃料を昭和六一年一月時点で一か月一四万四〇〇〇円、昭和六二年七月時点で一か月一九万円と評価していることが認められ、この鑑定結果に前記認定の諸事情を考慮すれば、本件土地の適正賃料額は昭和六一年一月一日時点で一か月一五万円、昭和六二年七月一日時点で一か月二〇万円と認めるのが相当である。

3  控訴人は、本件土地の賃料算定に当たり、被控訴人らと控訴人との間に右土地の売買の話がある等特別の事情のあることを考慮すべきであると主張すが、前記認定のとおり、被控訴人らは控訴人との約束に従い、昭和六〇年一二月末まで賃料の値上げをせず、昭和六一年一月になって初めて値上げ請求をしているのであり、また本件土地売買については、被控訴人らは現在でも代金の折り合いさえつけば売買に応じてもよいとの態度を持していることが被控訴人高松博太郎本人尋問の結果により窺えるが、これがどのように賃料額の決定に影響するのか控訴人の主張によってもいまだ判然としないし、借地権譲渡承諾料についても(授受された額については争いがあるが)、前掲河野鑑定によれば、右譲渡承諾料はその性質上賃料の構成要因でなく、賃料額決定に当たり考慮する必要のないものであることが認められる。

三次に、給付請求について検討するに、前記認定によれば、控訴人が被控訴人らに支払うべき昭和六一年度の本件土地賃料は計一八〇万円となるのであるが、控訴人はこのうち一か月五万円、計六〇万円のみを支払っているにすぎないから(この点は当事者間に争いがない)、その差額一二〇万円がいまだ未払いのままであり、これを控訴人は支払うべき義務があるといわなければならない。

ところで、本件土地は被控訴人らの共有(前掲甲第二号証の一、二によると、持分は被控訴人高松博太郎が三分の二、同高松光子が三分の一)であって、これを控訴人に使用収益させる給付義務は不可分債務であり、したがって、右使用収益対価である賃料債権も特段の事情のない限り不可分債権と解するのが相当である。もし賃料債権が金銭債権であることから、これを可分債権であるとするならば、賃貸人の一人に賃料全額を支払った場合でも、他の賃貸人に対する関係では債務不履行の責を問われるのであって、借地人にとり思いもかけない不利益な結果が生じる事態も起こりかねないのである。

そうすると、控訴人は被控訴人ら各自に対し、右差額一二〇万円を支払うべきことになるのであるが、この点については、被控訴人らから不服の申立てがないから、原判決はこれを変更することができず、原判決が認容した限度にとどめるほかはない。

四以上の次第であって、本件土地賃料増額確認請求につき、前記認定額と異なる原判決は不当であるからこれを変更し、被控訴人らの右請求を前記認定の限度で認容し、その余を棄却し(給付請求については、右に判示したとおり原判決のとおりとする)、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石川 恭 裁判官福富昌昭 裁判官松山恒昭)

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